採用難の時代、優秀な人材の確保はどの企業にとっても最優先課題です。
しかし、せっかく採用できても「入社前後のギャップ」で早期離職してしまうケースは後を絶ちません。特に最近では、“内定辞退”や“入社後3か月以内の離職” が目立ち、採用費・教育コストの損失に頭を抱える企業も多いのが現実です。
この問題の本質は、採用プロセスの“終わり”を間違えている点にあります。
多くの企業が「内定通知」や「入社承諾」をもって採用が完了したと考えますが、実はそこからが本当のスタート。
入社決定から入社までの期間である“入社前体験”こそが、定着を左右する最初の分岐点 なのです。
■ なぜ“入社前体験”が重要なのか
人は入社を決めた後も、「本当にここでいいのだろうか」「周囲と馴染めるだろうか」という不安を抱えています。
採用担当や上司と会う機会が減り、入社日まで連絡がないと、その不安は日に日に膨らみます。結果、他社からのオファーや周囲の意見に心が揺れ、辞退・離職につながるのです。
つまり、入社を決めた瞬間から、心理的な“定着づくり”が始まっている と言えます。
特にZ世代やミレニアル世代では、「安心感」や「共感」「自分の存在が認められている感覚」を重視する傾向が強く、入社前の企業対応によって“この会社は自分を大切にしてくれる”という信頼感が形成されます。
逆に、連絡が途絶えたり、形式的な案内だけで済ませると、心理的な距離が広がり、入社時点でエンゲージメントが低下した状態からスタートすることになります。
■ “入社前体験”でやるべき3つのこと
では、具体的にどんな取り組みが定着を高める“入社前体験”となるのでしょうか。
ここでは、実践的な3つのステップを紹介します。
① 「つながり」をつくる
入社前に人との接点をつくることが、安心感と一体感を生みます。
例えば、チームメンバーや先輩社員とのオンライン懇談会、カジュアルな食事会、Slackなど社内ツールへの事前招待などです。
人は「誰と働くか」によってエンゲージメントが大きく左右されるため、入社前に“仲間”を感じさせることが重要です。
② 「カルチャーを伝える」
入社初日から“何を大事にしている組織なのか”を理解できていると、行動基準が明確になります。
ミッション・ビジョン・バリューを共有する動画や、社員インタビューをまとめた社内誌、代表メッセージなどを活用し、理念・文化を“感じさせる”設計を行いましょう。
特に、企業文化をストーリーで伝えることで、感情的な共感が生まれ、入社後の「違和感」を減らせます。
③ 「期待と役割を明確にする」
入社後にギャップを生まないためには、“何を期待されているか”を明確に伝えることが不可欠です。
例えば、上司やメンターが「最初の3か月で期待する成果」「任せたいテーマ」「支援体制」を事前に共有しておくことで、本人は安心してスタートを切ることができます。
人は“期待される”ことでモチベーションが高まります。任されている実感が、入社初期の不安を払拭し、早期の自立を促すのです。
■ “入社前体験”はオンボーディングの一部である
入社前体験は、単なる“ウェルカムイベント”ではありません。
これは、入社後のオンボーディング(定着支援)の第一フェーズと捉えるべきです。
つまり、採用→入社→定着という流れを切り離さず、連続したストーリーとして設計することが求められます。
例えば、入社前に共有した価値観が、初日のオリエンテーションで再確認され、初月の1on1面談で上司の言葉として再登場する。
こうした一貫した体験が、信頼と納得感を生み、離職率の低下につながります。
逆に、入社前と入社後で“言っていることが違う”“雰囲気が違う”と感じられると、一気に不信感が生まれます。
入社前体験は、“採用マーケティング”ではなく、“定着マネジメント”の入口なのです。
■ 経営・人事が持つべき視点
“入社前体験”を成功させるには、採用担当や人事だけでなく、経営者・現場上司の関与が不可欠です。
多くの企業では採用活動が人事主導で進む一方、入社後は現場任せになりがちです。
しかし、社員が定着するのは「組織文化」よりも「上司との関係」が大きく影響することが研究でも示されています。
そのため、入社前から現場リーダーが関わり、「一緒に働くことを楽しみにしている」と伝えることが、本人の心理的安全性を高めます。
経営層・管理職がこの期間を“戦略フェーズ”として捉え直すことが、採用投資の最大化につながります。
■ まとめ:採用の終わりは、定着の始まり
人材不足の時代、採用活動は“取る”だけでは意味を成しません。
大切なのは、“入社してからも働き続けたいと思える環境”を最初から設計すること。
その第一歩が、入社前体験のデザインです。
入社がゴールではなく、入社を決めた瞬間から「文化を感じる」「仲間とつながる」「期待を共有する」体験を設計できるか。
そこに、定着率・エンゲージメント・生産性を左右する大きな差が生まれます。
これからの採用戦略は、「内定者フォロー」ではなく「入社前定着プログラム」へ。
“入社前”という空白期間を戦略的に活かせる企業こそが、採用と定着の両立を実現する時代です。