「退職代行で突然辞める」を防ぐには?中小企業の離職サインの見抜き方

「おはよう」と声をかけても、返事が少しそっけない。最近、ランチに一人で出かけることが増えた気がする。会議でも前は意見を言っていたのに、近ごろは黙ってうなずくだけ――。

そんな小さな変化を「気のせいかな」と流してしまった数週間後、その社員から退職の意思が伝えられる。しかも本人からではなく、聞いたこともない「退職代行サービス」の担当者から電話がかかってくる。

従業員が数十人の会社で、一人の退職は決して小さな出来事ではありません。採用にかけたコスト、引き継ぎの手間、残された社員の負担。社長にとっては「なぜ気づけなかったのか」という後悔も残ります。

今回は、身近になりつつある退職代行という現象を入り口に、社員が辞める前に出している「サイン」をどう見抜き、どう関係を立て直すかを、心理学の知見も交えてお話しします。

退職代行はなぜ“身近な退職手段”になったのか?中小企業こそ知っておきたい最新データ

まず、退職代行がどれくらい身近なものになっているかを数字で確認しておきましょう。東京商工リサーチの2025年調査によると、退職代行業者から従業員の退職連絡を受けた経験のある企業は全体で7.2%。大企業では15.7%にのぼり、中小企業でも6.5%が経験しているといいます。

「うちのような小さな会社には関係ない」とは、もう言えない時代になってきました。

退職代行を利用した従業員の年代を見ると、20代が約6割、30代が約3割を占めています。一方で、50代以上の利用も一定数あり、若い世代だけの問題とは言い切れません。

さらにパーソル総合研究所の調査では、離職者のおよそ20人に1人が退職代行を使っており、利用者の前職の在籍期間は「1年未満」が約4割でした。つまり、入社してまだ日が浅いうちに、誰にも相談できないまま辞めていく人が一定数いるということです。

注目したいのは「なぜ代行を使うのか」という理由です。マイナビの調査では、最も多かったのが「退職を引き留められた、または引き留められそうだった」で40.7%。次いで「自分から退職を言い出せる環境でない」が32.4%、「退職を伝えた後トラブルになりそう」が23.7%と続きます。

ここから見えてくるのは、社員が会社を恨んでいるというより、「面と向かって本音を言えない」という関係性の問題です。

社員が辞める前に出す「離職のサイン」とは?4つの変化に注目

退職代行から連絡が来るときには、すでに本人の決意は固まっています。だからこそ大事なのは、その何週間も前に表れる「予兆」に気づくことです。

中小企業はメンバーの顔が見える分、実は大企業より早くサインを察知できる立場にあります。見るべきポイントは、大きく4つです。

1. コミュニケーションの量が減る

以前は雑談の輪に入っていた社員が、急に自分の席から動かなくなる。会議で発言しなくなる。挨拶の声が小さくなり、目を合わせなくなる。

こうした変化は、心が少しずつ会社から離れているサインかもしれません。人は関心や安心感を失うと、自然と接触を減らすことがあります。「最近あの人、静かだな」という違和感は、見逃してはいけない第一の信号です。

大切なのは、すぐに「やる気がない」と決めつけないことです。本人の中では、疲れ、不安、不満、あきらめが積み重なっている可能性があります。

2. 勤怠のリズムが変わる

これまであまり有給を取らなかった社員が、半休や時間休を頻繁に取り始めたら要注意です。平日の昼間に抜ける時間が増えるのは、転職活動の面接に動いている可能性があります。

もちろん、有給を取ること自体が悪いわけではありません。問題は、「いつもと違う変化」が続いているかどうかです。

遅刻や早退、体調不良による欠勤の増加も、心身の不調か、気持ちが他に向いているサインかもしれません。勤怠は嘘をつきにくいデータです。社長や上司が「いつもと違うな」と感じたら、一度立ち止まる価値があります。

3. 仕事への向き合い方が「最低限」になる

頼まれたことはやるけれど、それ以上の提案や工夫をしなくなる。以前は自分から動いていたのに、今は指示された範囲だけで終わる。会議でも、質問されれば答えるけれど、自分から意見を出さない。

これは、いわゆる「静かな退職(クワイエット・クイッティング)」に近い状態です。体は会社にいても、心はもう会社から離れ始めている。本人に悪気はなく、「この会社で頑張っても報われない」とあきらめた結果であることも少なくありません。

ただし、定時で帰ること自体が悪いわけではありません。見るべきは、働く時間の長さではなく、仕事への関心や前向きさが以前と比べてどう変化しているかです。

4. 相談や報告が減る

業務上の困りごとを相談しなくなる。ミスの報告が遅れる。以前はちょっとした確認をしていたのに、最近は一人で抱え込むようになる。懇親会や社内イベントへの参加を避けるようになる。

こうした変化も、会社への信頼が薄れているサインかもしれません。

懇親会や社内イベントへの不参加そのものが問題なのではありません。大切なのは、「人との接点を避けるようになった背景に何があるのか」を見ることです。

「付き合いが悪くなった」と片づけるのではなく、「何か言いづらいことがあるのかもしれない」と考える。そこに、離職を防ぐ入口があります。

なぜ本音を言わずに辞めるのか?「心理的契約」という見えない約束

ここで、一つ知っておくと役立つ考え方を紹介します。心理学や組織論では「心理的契約」という言葉があります。これは、雇用契約書には書かれていないけれど、社員と会社のあいだに暗黙のうちに存在する「期待の約束」のことです。

たとえば社員は、「真面目に働けば、いつか成長の機会をくれるはずだ」「困ったときは会社が支えてくれるはずだ」「頑張りをきちんと見てくれるはずだ」と無意識に期待しています。

会社側も、「給料を払っているのだから、主体的に動いてくれるはずだ」「注意されたら改善してくれるはずだ」「会社の方針を理解してくれるはずだ」と期待します。

この見えない約束が守られていると感じるあいだは、人は会社に留まります。ところが、「約束が破られた」と感じた瞬間、信頼は一気に崩れます。

たとえば、「今度ちゃんと話そう」と言われたのに、そのまま放置された。頑張ったのに、評価の場で何も触れられなかった。相談したのに、「そんなことで悩むな」と流された。

一つひとつは小さな出来事かもしれません。しかし、社員の心の中では「この会社は自分を見てくれていない」という感情が積み重なっていきます。

やっかいなのは、人間の脳には「ネガティビティ・バイアス」という性質があることです。これは、良い出来事よりも悪い出来事のほうを強く、長く記憶してしまう脳のクセのことです。

10回ほめられても、1回理不尽に叱られた記憶のほうが残りやすい。だから一度「裏切られた」と感じた社員の気持ちを取り戻すのは簡単ではありません。

そして本人も気まずさから本音を言えないまま、第三者である退職代行に頼ってしまうのです。

お金をかけずに定着率を高める方法とは?社長一人でも今日からできる3つの行動

では、中小企業の社長が、特別な予算も人事部もないなかで何をすればいいのでしょうか。

大がかりな制度より、社長自身の小さな習慣のほうが効きます。今日からできる行動は、次の3つです。

1. 変化に気づいたら、その日のうちに声をかける

サインに気づいたら、評価面談まで待つ必要はありません。

「最近どう?無理してない?」
「少し元気がないように見えたけど、大丈夫?」
「何か困っていることはない?」

このようなひと言で十分です。

大切なのは、すぐに解決しようとすることではありません。「あなたを気にかけている」と伝えることです。

人は、自分に関心を向けてくれる相手に心を開きやすくなります。週に数分の立ち話でも、続ければ「この社長には言ってもいいんだ」という空気が生まれます。

2. 引き留めるより、本音を言える関係を先に作る

退職代行を使う理由として多いのが、「引き留められそうだから」「自分から退職を言い出せる環境ではないから」です。

つまり、普段から本音を言えない関係だと、社員は退職の相談すら怖くなります。

退職の意思を伝えた瞬間に強く説得される。責められる。裏切り者のように扱われる。そう感じている社員は、直接話すことを避けようとします。

逆に言えば、日ごろから「反対意見を言っても否定されない」「弱音を吐いても大丈夫」「相談しても責められない」という関係を作っておけば、辞表の前に「実は悩んでいて」と相談が来るようになります。

そうなれば、まだ打つ手があります。

本音を言える関係は、退職を完全に防ぐ魔法ではありません。しかし、突然辞めるという最悪の形を防ぎ、話し合いの余地を生みます。

3. 小さな約束を、こまめに守る

心理的契約は、大きな昇給や昇進だけで保たれるものではありません。

「今度ゆっくり話そう」
「あの件、確認しておくね」
「来週までに返事をするね」

こうした日常の小さな約束を一つずつ守ること。その積み重ねが、「この会社は自分との約束を大事にしてくれる」という信頼になります。

お金はかかりません。社長が自分の言葉に責任を持つだけです。

逆に、小さな約束を流し続けることが、見えないところで信頼を削っていきます。社員は意外なほど、社長の言葉を覚えています。

「前にそう言ってくれたのに、結局何もなかった」

この小さな失望が積み重なると、やがて「もう言っても無駄だ」というあきらめに変わります。

まとめ:退職代行は「結果」、本当の課題はその手前にある

退職代行から電話が来るのは、いわば物語の最終章です。

本当に向き合うべきは、その何週間も前に社員が発していた静かなサインであり、いつのまにか壊れていた「見えない約束」のほうです。

中小企業は人数が少ないぶん、一人ひとりの変化に気づける距離の近さがあります。これは大企業にはない、何よりの強みです。

今日、社内を見回してみてください。

最近、口数が減った人はいませんか。
以前より相談が減った人はいませんか。
あなたが何気なく流してしまった小さな約束はありませんか。

明日の朝、その人に「おはよう、最近どう?」と声をかけるところから始めてみてください。

その一歩が、辞表を一枚減らすかもしれません。

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