「1on1ミーティングを導入したのに、いまいち効果が感じられない」
「むしろ“面談されている感”が強くて、かえって気まずい」
そんな声を、現場のマネージャーや社員からよく耳にします。
人材定着や離職防止の文脈でも注目される「1on1」ですが、なぜうまく機能しない職場が多いのでしょうか。多くの企業が陥っている“たった一つの落とし穴”。それは、「感情の安全基地」ができていないことです。
■「安心して話せない」1on1は、逆効果になることも
心理学では、人が本音を語るには“安全な場”が必要だとされています。これは「心理的安全性」という言葉でも知られる概念です。しかし、表面的に「何でも言っていいよ」と声をかけるだけでは、人は決して本音を話しません。
大脳生理学の視点から見ると、人が安心して自己開示をするには、「オキシトシン」というホルモンの分泌が不可欠です。オキシトシンは“信頼ホルモン”とも呼ばれ、誰かに温かい言葉をかけられたり、安心感のあるコミュニケーションをとったときに脳内で分泌されます。
つまり、1on1が“うまくいくかどうか”は、テクニックではなく、「信頼関係」が築かれているかどうかが決定的なのです。逆に言えば、信頼関係が築けていない状態で1on1を行っても、形式的な会話に終始し、むしろ「上司に監視されている感覚」だけが残ることもあります。
■なぜ“信頼の土台”が築けないのか?
多くのマネージャーは、部下との1on1で「傾聴」を意識しています。上司が「評価者」として接しているうちは、部下は安心して本音を語ることはできません。態度や表情から無意識にそれを感じ取るからです。
心理学者カール・ロジャーズの提唱する「共感的理解」「無条件の肯定的関心」は、まさに信頼を築く上で不可欠な要素です。部下にとって「評価ではなく、対話の場」だと認識されたとき、1on1は初めて効果を発揮します。
また、脳の扁桃体は、相手の微細な表情や声のトーンに反応し、無意識の“危険察知”を行います。上司の表情が険しかったり、話を急いで切り上げようとする態度があれば、それだけで部下の脳は「ここでは安心して話せない」と判断し、防衛モードに入ってしまうのです。
■“信頼ホルモン”を引き出す関わり方とは?
では、どうすれば部下のオキシトシン分泌を促すことができるのでしょうか。ポイントは次の3つです。
1. 関心の土台を「業務」ではなく「人」に置く
「最近どう?」という問いに、業務報告ではなく“感情”が返ってくる関係性を築くこと。まずは雑談やプライベートな話題を交えることから始めましょう。人として関わることで、脳の安心スイッチが自然と入ります。
2. 共感を言語化する
「それは大変だったね」「そう感じたんだね」といった共感のフィードバックは、オキシトシンの分泌を促します。相手の気持ちを「わかろうとする姿勢」そのものが、信頼の種になります。聞くよりも、“感じる”ことが第一歩です。
3. 評価やアドバイスよりも“受け止める”
つい指導や助言をしたくなりますが、最初から正解を出すのではなく、まずは「聞き役」に徹することが大切です。人は「自分で気づいたこと」に最も納得し、自ら行動に移します。沈黙を怖れず、問いかけて待つ姿勢が鍵です。
■“感情が動く”から、信頼が生まれる
結局のところ、1on1の本質は“関係性の質”にあります。いくら制度として導入しても、マネージャーが「どう質問するか」ではなく、「どう寄り添うか」に意識を向けなければ、1on1はただの“業務報告会”になってしまいます。
信頼とは、言葉やルールだけで築かれるものではありません。
それは“感情のやりとり”の中で、少しずつ積み上がっていくもの。
共感し、耳を傾け、目を見て話す。そうした一つひとつの関わりが、感情の安全基地をつくり、定着する職場の土台になるのです。
1on1とは、単なるマネジメント手法ではなく、信頼と感情を循環させる「人の営み」そのもの。制度を入れただけでは、何も変わりません。
けれど、“感情の流れ”を大切にする職場では、1on1が本来の力を発揮し、定着も成長も自然に動き出すのです。